2011年04月16日
手織機お嫁入り
手織機のお嫁入り
先回投稿「手織機の嫁入り先求む」の記事から、
大井川葛布のオーナー村井龍彦さんがお婿さんに名乗りを上げて下さいました。
で、4月8日に目出度くお嫁入りしました。
右より 花嫁の手織機、村井さん、村井さんのお嬢さん、葛西さんです。
葛西さんの手織機は、40年前に当時の「はたご大工」と言われる人が最後の仕事として作りました。
葛西さんは地元の織物作家として数々の注文に応じ、自分で絹糸を染め織り上げていました。
しかし視力を悪くされ断念、その後20年が経ちました。
このほど家を改築なさることから、思い出深い機(はた)を手放すことにしたのでした。
紫屋もこれに立会い仲人の役目を果たしました。
機はこの後村井さんが再生します。村井さんはこれまでいくつかの手織機を蘇らせて
きたその道の達人、で、名前もタツヒコなんです。
それだけではありません、村井さんは「古代織ネットワーク」を組織して、日本全国の
人間国宝級の織物作家さんたちとの交流を司っています。
そんな方が静岡県金屋町にいるのです。スゴイでしょう。ご自身と奥様は葛布織作家。
葛西さんの手織機も、村井家でたくさんの仲間たちと楽しく過ごすことでしょう。(紫屋)
先回投稿「手織機の嫁入り先求む」の記事から、
大井川葛布のオーナー村井龍彦さんがお婿さんに名乗りを上げて下さいました。
で、4月8日に目出度くお嫁入りしました。
右より 花嫁の手織機、村井さん、村井さんのお嬢さん、葛西さんです。
葛西さんの手織機は、40年前に当時の「はたご大工」と言われる人が最後の仕事として作りました。
葛西さんは地元の織物作家として数々の注文に応じ、自分で絹糸を染め織り上げていました。
しかし視力を悪くされ断念、その後20年が経ちました。
このほど家を改築なさることから、思い出深い機(はた)を手放すことにしたのでした。
紫屋もこれに立会い仲人の役目を果たしました。
機はこの後村井さんが再生します。村井さんはこれまでいくつかの手織機を蘇らせて
きたその道の達人、で、名前もタツヒコなんです。
それだけではありません、村井さんは「古代織ネットワーク」を組織して、日本全国の
人間国宝級の織物作家さんたちとの交流を司っています。
そんな方が静岡県金屋町にいるのです。スゴイでしょう。ご自身と奥様は葛布織作家。
葛西さんの手織機も、村井家でたくさんの仲間たちと楽しく過ごすことでしょう。(紫屋)
Posted by 紫屋 at 22:30│Comments(0)
│つれづれ日記